「自分のやりたいこと。生きる理由。何をやるか。何を本質にして、何を心の寄りにして、今後生きるか」
基本的に、最近こればっか考えることが多い。
というか、ここ1年、これから逃げてないというか、逃げれないというか、それを向き合ってというか、というか、自分の生きるって、自分の生きる以外にはないのだから、それしかやることないのだけれど、それを考えているというか、それを「時間軸」を分けて、最近多層的に考えることが多い。
時間軸を分けてとは、多層的とはどういうことかというと、今の自分に生きる意味とかやりたいことが当然大事なのだけれど、それを中心に置きながらも、「過去の自分がそれに対してどう思っていたか」を思い出そうとしたり、記憶を引き戻そうと最近している。
欲しているものは、すでに自分にある。
それがここ1年ぐらいの自分の中でのテーマになっていて、それほど新しいことは今は求めていない。
新しいことを求めるよりも、自分を知るために、そのために過去のすべての自分を多層的に・平等に理解しようと最近取り組み、過去の自分を踏まえ、どう今、そしてこれから自分がどう生きていくかを最近考えている。
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既にあるものに気づき、それを明らかにし、それを愛でる。
有るものに気づけ。
有るものを愛せ。
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基本的に、以前から述べている通り、大前提として、今の僕は、特に何も求めていない。
一番したいことと言えば「休息」であり、「目を閉じた世界」が、今の僕にとって一番落ち着く。
それは何故かというと、目を閉じると、自分の過去が広がっているからだ。
過去を振り返り見つめることで、自分を知れる。
自分を知りたいから、その時間が一番幸福というか、心が安定する。
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(全然関係ないけど、数か月ぶりぐらいにタピオカ、ゴンチャのタピオカを今日買ってきて、今飲んでいる。ミルクティーは飽きたから、ちょうど抹茶があったから、抹茶タピオカを今飲んでいる)
多層的な自分から自分を見つめて。
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どこかに行きたいわけではなく、どこかに行き終えた自分を見つめて。
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自分が居たいところは、「帰る場所」であると思っている。
自分が「顕したいところ」は、自分にとって「帰る場所」だと思っている。
登山に行って、そして結局家に帰ってくるように。
僕は「帰ってくる場所」に居たいと思うし、そのために、その場所とは何かを探っていきたいと思う。
過去であり、今がある場所。
それが最も近いのが、やはり、「部活」であると言える。
僕は、何も求めていない。(嘘)←ww
求めていない状態を求めるというか、求めていない状態を顕すというか。
それが現時点であり現在であり、過去。
既にあるものに触れろ。
既にあるものを表現しろ。
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疲れた。
一旦、休憩。
休憩から、すべては生まれる。
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タピオカ、久しぶりは美味しい。
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6月12日土曜日。時刻は午後1時。