2月27日「あ」

起きた。

まあまあ死にたい。

(まあ、そこまで死にたくはないが)

2月27日火曜日。時刻は午前8時半。

彼女との生活を始めて、大体夜は午後11時に寝て、朝は午前8時前後が多くなった。

また会社に行く時間も少し変わった。

(それは僕たちの都合というより、社長である父親が原因が大きいが。)

今までは午前8時半出社、午後3時退勤だったのが、今年になって僕は午前10時半出社、午後5時退勤が多くなった。

(かならずしもそれ固定ではなく、去年通り午前8時出社もある)

・・・・。

えへへ、やっぱこうして書くのって楽しいな。

こうして自分の跡を残せるのって、気持ちいい。

もっと書きたいんだけど、書きたくない(起きたばかりなのに頭が痛い、そして疲れている)のと、書きたくない(これから朝食食べて、そして疲れているから少しまたベッドに横になりたい)から、早く書き終えたい(笑)。

ということで、書きたいけどもう終えよう。

終わり。

・・・・。

たったこれだけの文章だけど、今の自分にしてみたらすごく精一杯の表現というか、これでもすごく頑張ったねって思ってしまう。

それぐらい、結構今の自分は追い込まれた状況にいるのかもしれない。

幸い、こうしてまた少しでも書けているのは良いこと。

また、その書けている理由の大きな一つにやはり冬が終わり春や夏が近づいてきた、というのがあると思う。

それぐらい、明るい季節は自分にとって味方なのだと思う。

  

2月26日「あ」

死にたい。

おはよう。

2月26日月曜日。時刻は午前7時。

以前から幾度か書いてるかもしれないけれど、朝起きた時に死にたいと思う気持ちが強い日というのは、昨日の疲れが取れてない・昨日だいぶ頭を酷使して、頭の痛みが多い日、ということになる。

昨日、車を運転して日帰りデートみたいなことをして、まあまあ頭が疲れて、帰ってきてもその頭の疲れ痛みがあまり取れず、そして今日にいたるから、今日もまた?死にたいという思いと共に自分は起きたのだろうと思う。

自分はどうなのだろうか?(笑)。

死にたいのか、生きたいのか。(基本的には生きたいのだが。この押し問答、もう恒例行事。)

心も、そして身体も、ぽっかりとしている。

少しずつ何か、この新生活を始めてある程度落ち着いてきて、何かやりたい気持ちとかも芽生えてはいるが、基本的に、気持ちの7割ぐらいは何もしたくない気持ちで満たされている。

はあ・・・・(つきたくないけど、結局ため息をつくのが一番気持ちいいかも。)

自分が人形みたいに感じる。

いや、人形以下なのだけれど。

基本的に、今は、最低限、彼女がいればいいというか、むしろ彼女以外は自分のパーソナルスペースに入れる人間がいないから、彼女しかいないのだが。

自分のパーソナルスペースが、病気のこともあり、だいぶ狭いなと自分は思う。

それなのに、パーソナルスペースに誰かいて欲しくて、だから去年自分は婚活したのだと思うし、またその婚活が一応成功?一区切りを得て、彼女との今の生活があるのは、幸せだと思う。

もちろん彼女に対して不満というか、足りなさというと失礼だけれど、そういうのは彼女といることで無限に湧き出てくるが、そんなのは彼女がいてこそ無限に出てくるわけで、つまり何が言うとやはり今の自分は彼女がいてこそ、となる。

彼女との生活は維持というか、このままある程度ずっと、このままでいたい。

ただ、それと共に、自分が何者なのか(笑)というか、自分を表現出来る方法を探っていきたい。

(このブログでこうして文章を書くこともその一つというか、今の自分にとっては一番楽に発散出来るので、唯一となるのかもしれないが。)

 

 

 

2月25日「あ」

う~ん、死にたい。

2月25日日曜日。時刻は午前7時。

今起きた所。

・・・・。

・・・・。

自分の日常は特に普通。

可もなく、不可もなく。

1か月ぐらい前から実家暮らしを辞めて、彼女との一緒に1LDKで二人暮らしをしている。

快適と言えば快適。

主に食事面で。

今までの実家暮らしだと、キッチン及び冷蔵庫が1階にあった。

自分の部屋は2階にあった。

そうすると、気軽にキッチン及び冷蔵庫を使える状況じゃないというか、別に使えばいいのだけれど、ちょっと億劫さがあったり、冷蔵庫を自由に使える感じじゃなかったり、親に少し遠慮する所があって、冷蔵庫を気軽に使うことは少し出来なかった。

それが実家暮らしと今の二人暮らしの一番大きな違いかも(笑)。

食に関してかなり自分の想い通りに出来て、ストレスフリー。

ただそれだけで、家賃及び光熱費を支払ってやりたいかというと、自分ひとりではやらないと思う。

ただ去年のような、彼女がいない生活を続けたいかというと、それは無くて、だからまあ、今の生活はまあまあ自分の望んだ生活で、なので可もなく不可もなく。

(主に食事面でストレスフリーな生活を出来ているが、それを手に入れるために使うお金が実家暮らしに比べてだいぶ高いよなあということ。)

・・・・。

改めて、自分は何を望んでいるかを考える。

(それがこうしてブログを書くことで一番自分がしたいこと)

う~ん・・・。(それが無いから困っているのだが)

・・・・。

まずは彼女との二人仲良く生活する、というのが自分の望みだが。

というか、基本的にそれしか自分は望んでないと思う。

・・・・。

・・・・。

夏になればまた変わるかもしれない(笑)。

いやでも、何も特にやりたくないからなあ。

何か自分を発信したいという気持ちはあるけれど、そこまでそれが熱くなく、また何を発信したいかも特に浮かばない。

簡単に言うと、死にたい気持ちが勝る。

死にたいけど、死ねない(それほど死にたくない)から、最低限生きる、という感じ。

彼女と一緒に生活しても、自分のその死にたい気持ち最優先というのは、変わらない。

死にたい気持ちをまずは和らげたいから、まずは休みたい、というのが今のルーティーンからの答え、になる。

相変わらず僕は、変われない。

変わらない。

・・・・。

でも、去年変わろうとして、彼女と出会って、結婚して、彼女との生活を送れていることは、今の僕からすると褒めてあげたいと思う。

今の生活を経験出来て、それは良いと思うから。

だから彼女が、何かしら自分を日々変化させていってくれることに、何か自分は期待しているし、死にたい気持ちは変化しないけれど、それ以外の何かを得ていきたいと思う。

・・・・。

 

2月18日「あ」

日記。

日記を書く。

特にないのだが(あるのかもしれないが、意識化出来てない)

2月18日日曜日。時刻は午後10時。

当たり前だが、自分がこれからどうなるのか、自分は一番興味を持っていると思う。←w

生きることに、自分は基本的に興味が無い。←w

あんまりうまく書けない。

おそらく今、あんまり頭が正常な感じではないというか。

というか、彼女と生活する生活に今年から変わったことで、頭が静かな時間が自分は減ってしまったので(彼女と喋る時間が出来たことで、その分頭が疲れて、冷静に文章を書く状態の頭には今の日常ではあまりならない感じ。)。

頭がある程度痛い状態が続いていて、今の生活を送っている。

今までより頭に負荷が日常的にかかって、日常を送っている、という感じ。

その日常生活については、あまり問題はないというか。

こうして文章に出す頭のことと、日常を送るための頭の状態とは違うので。

・・・・。

自分はこれから、どうなっていくのか、またどうなるのを望むのか。

基本的に、望んでないのだけれど(笑)。←嘘。

特に何も、したくない。

ただ、他者と繋がっていたい。

ああ、そうだ。

それが、自分の欲の根幹にあるのだと思う。

ただ他者と繋がるために、最低限こうあるべき自分でいたいというのがあり、それは主に身体的と精神的な自分。

身体的な自分に関しては、主にトレーニングと食事で成立し、精神的な部分は主に休息で成立し、こうあるべき自分を維持していくだけで、今の自分の日常は終わっている感じだと思う。

それを変えてみたくて、去年婚活をして、そして今の生活を手に入れたのであろう。

今の生活に関して、まだ1か月くらいしか経ってないが、今の所問題はないというか、まあ、ある程度それなりにやっていると思う。

この生活をして主に損失的な部分で言うと「お金」であるが、それは去年、その部分はある程度失って当然というか、むしろこのまま変化がなくお金を使わない状態のまま年を取っても何もないままなので、その損失は納得している。

身体的な自分と精神的な自分を維持するだけで、今の自分の生活は終わってしまう。

それは去年と今年でもそれほど変わらない。

例え今年、彼女との生活が始まったとしても、他者と生活しても基本的に自分はその彼女とさえ自分の病気によってそれほど密着した感じにはならないので。

(その密着の程度について。同じ部屋、同じ空間に住んで生きているが、どちらかというと自分はベッドに横になって、スマフォを見て休む時間が相変わらず多い。彼女もまたスマフォを見ている時間が多いので、それはまあ、似た感じでいいのかな。)

この生活を続けて、自分は何を得られるだろうか。

そこは気になるというか・・・・。

ただ今の所、彼女がいることで、自分は認められている感触があり、それは自分の生命にとって大きいと思う。

それは何かを得れるとは違う、いや・・・、それこそ自分が求めていたのかもしれないけれど。

ただそれを手に入れたと同時に、同時に空虚さも得ていて、まあそれは、これからも自分は永遠に得ていくのだと思う。

この病気がある限り、自分はどこまでも空虚に囚われて生きていくのだと思う。

それは悲しいけれど、まあ、それも出来るだけ受け入れてしか、自分は生きられない、基本、もう生きていることに何も見いだせない人間なので。

(今の日常が繰り返す限り)

だからある意味、これを文章に書き残して書くのはどうかと思うけど、自分としては心の過半数、〇が〇くなることを望んでいるのだと思う。

そうすれば、この日常が終わるから。

ただそれが実際に起こってしまうと、より自分の人生の意味が半分ぐらい失われるのだと思う。

その景色も見てみたいが、まあそれは、自分の意思とは違うところなので。

・・・・・。

・・・・。

・・・。

もっと書きたい。

でももう書けない。

今日はこれぐらい。

明日も生きたい。

嘘。

・・・・。

 

2月12日「あ」

「彼女について」

2月12日月曜日。時刻は午後10時。

う~ん・・・。

どうだろう・・・・。←ww

どうだろうというか・・・。

今の自分にとっては、自分といてくれる相手は彼女しかいないから、選択肢が彼女しかないと言えばそうだけど(笑)。

今の所、まだ一緒に暮らして一か月も経っていないけれど、まあまあ平凡に、特に関係がこじれることなく、一緒にくらしている。

それ自体、自分にとってはかなり非日常と言えるのだけれど。

だから、変わった経験をしているから、こうして文章を書いて、何かしら遺したいのだろう。

彼女に対して、基本的に自分が恐れているのは彼女が何か、僕に対して「心変わり」することだ。

基本的に自分は変われないというか・・・。

また彼女に対して自分が最低限やることはやろうと思うけど、結局自分は自分が出来ることしか出来ない。

無理をすることが出来ない。

あまり無理をすると、自分を維持することすら難しくなる。

そんな自分の状況だから、求められたら、他者(今回の場合主に彼女)との関係は破綻すると思う。

その点、基本的に今の生活で、僕は僕のしたいこと・出来ることをし、その行動について彼女からどうこう言われることはなく、そして二人の生活は出来ていると言えば出来ている、状況にある。

おそらくだが、僕が変わっていて、そんな僕と生活してくれているのだから、彼女も変わっているのだろう。

ただ僕が変わっているせいで、その彼女を上手く客観化出来ない。

そこを出来るだけこれからの生活でしていきたいなと思っているが。

・・・・。

僕から見て、彼女の一番好きなところは「愛嬌」というか、もっと言うと「子供のように素直過ぎる」というか。

また自分が彼女に対して一番心配しているのもその部分で、一つのことと向き合うとそれしか見えなかったり。

今の彼女が僕に対してまあまあ見てくれているから自分と一緒に生活してくれていて、そこに飽きる可能性も彼女の性格の場合急に全然あるなと感じている。

・・・・。

彼女は先が読めないというか、その辺りすごく幼いなと思う。

(それは彼女の年齢もあるのかもしれないが。でも性格の方が大きいと思う。)

ハンターハンターのゴンみたいな真っすぐさが彼女にはあるので、自分から見ると危うい・脆く見えてしまう。

いつその風船が割れるか分からない、感じ。

・・・・。

・・・・。

あまりにも単純に喜ぶし、同様に悲しむ。

その辺りある程度年齢を重ねると隠したりするものだが、彼女の場合それを表に出す。

まあ、それは彼女が「日本人ではない」というのが大きなポイントなのかもしれない。

そこの観点、とても大事だと思う。

日本に生まれて、ほとんど外国人と接点なく、海外旅行にほぼ行ったことない自分からして、自分の視点というのがほぼ99.99%であることを、僕は気づいてないので。

そういう点でも、彼女と生活して面白い点だと思う。

飽きないというか、人として人間として、日々彼女は外国人なので、新たな視点を得られる。

まあ、彼女が外国人だからこそ、お互いこれから理解し合えない部分も多々出てくるだろうなと、不安も多いのだが。

・・・・。

ただ、去年の婚活を振り返って、自分の場合やはり日本人女性と結婚まで至るのは、かなり難易度が高いなと思った。

なのでまあ、今の自分は後悔してないというか、悪くはないというか、ある程度望んだものが手に入り、嬉しいというか、次のステップに進めて面白さがあると思う。

・・・・。

もっと書きたい(笑)。

眠たい。

もっと書きたい。

・・・・。

・・・・。

セックスについて。

今は大体週に2回ぐらいはしているかなと思う。

セックスについても詳しく書きたい。

基本的に、今の自分の日常において、なくてはならないものだと思う。

そういう状態に自分があることは、とても幸福だと思う。

セックスしたい。

その気持ちは自分が35年生きてきて、ほとんど叶わなかったので、セックスが日常にある生活というのは、ある意味自分が一番望んでいたものだと思う。

・・・・。

うん。←ww

そう考えると、すごく幸せだと思う。

セックスはとても必要。

それは寝るとか、食べるとかの次ぐらいに、人として必要なものだと、セックスが日常にある生活を手に入れた上で、言えると思う。

セックスって何だろう。

それはおそらく人間として、ほとんどの人が望んでいるのに、結構多くの人が手に入れないでいる。

働くことよりも難しいと思う。

(風俗とかは無しで。好きなもの同士でするセックス)

でもこの世界は基本男と女で構成されていて(でも基本、男の方が多く、よって男の方がセックスする相手を見つけるのは難しい。男ってほんと、損では?)街を歩けばそこら中に異性はいるのに、セックスに到達するのは難しい。

食べるだけなら、寝るだけなら、働くだけなら、一人でも出来る。

でもセックスは他者、理解ある他者を必要とする。

それを手に入れる(その表現ちょっと変だが)のは、僕に近い男にとっては、とてもとても難しい。

だから、今はそういう生活を手に入れたのは、とても幸せだと言える。

セックスが日常にあるのは、今の自分にとってとても幸福だと思う。(何回言う。←ww)

と言っても、セックスがそれほど気持ちいいものかと言うと、以前にも述べたけど違うけれど。

特段自慰よりもセックスは気持ちいいものではないけれど、じゃあ何かというと、それは自分目線で言うと、はっきり言うと、セックスはオスの性(さが・本能)を満たしてくれるから、良いものだ、と自分は思っているのだと思う。

男として一番求めていたものをセックスは与えてくれるというか。

男というのは結局、女を支配したい・犯したいというのが一番の生きる上での欲求だと、自分の場合は思う。

他の男の人はどれほどかは分からないが。

また他の男の人が好きな異性とどれほどセックスしたいかも知れないので。

気持ちよさというよりも、相手を犯している過程が、自分の場合は心地いい。

なので難しいのだが、射精するなという気持ちと戦っている。

射精の気持ちよさが自慰の主な気持ちよさだと思うが、セックスの場合はあまり早く射精してしまうと犯している背徳の気持ちよさが早く終わってしまうので、出来るだけ射精しないように挑む。

だから何だろう・・・。

あんまり相手のことを考えられないというか、どうやったら早く射精しないかを現状の僕の場合は一番考えてセックスしている。

ただピストン運動を早くした方が相手が気持ち良さそうなので、早くしてみたいが、あんまり早くすると射精してしまう、という矛盾と戦いながらやっている。

・・・・。

・・・・。

セックスをして自分は変わったというか・・・。

変わってないのだが、セックスが日常にあることで、新たな視点を得られたのが、一番大きいなと思う。

また彼女がいる(結婚しているも含む)男性が、夜の生活がどんな感じかも気になるというか、まあ、セックスって面白いなと思う。

そんなセックスにも今少し悩みがあり。

僕は前戯において結構相手の全身を舐めるのだが(相手の手や足の先や女性器は舐めない)結構相手の身体を舐めると、セックス後、喉が痛くなる。

ネットの情報で、クンニはあまりしない方がいいと聞く。

実際自分もセックスやってみて、体験的にあまり女性器は舐めたくないなと思ったし、実際あまり舐めてない。

ただ女性器以外は舐めるのが好きなのだが、それをするとセックス後喉が痛くなる。

思うに基本的に、セックスというのは汚いものだと思う。

そこはまあ・・・。

汚いというか・・・。

・・・・。

というか、今ネットで「セックス 喉が痛い」で調べたら、結構よくある性病?らしい。

クラジミア?

ダウンタウンの松本のことを僕は昔好きで、昔彼がクラジミアについて話題にしていたけど、これだったのか?

とりあえず一度性病のお医者さんに行ってみようかなと思う。

へえ~・・・。

眠い。

終わり。