「ネコが人間で言うと3歳児ぐらいの知性と聞いて、少しネコが何故自分に幸福を与えてくれるか分かった気がする。」
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3月12日金曜日。時刻は午後7時。
僕は今、猫を4匹飼っている。
5,6年ぐらい前から飼い始めている。(と言っても、世話は大体母がやっているが)
ネコがいる生活とうのは凄い。
簡単に言うと、自分の家の「幸福度」が結構上がっている。
今、この飼っているネコがいなくなってしまったら、ウチの幸福度はかなり下がると思うだろう。
何故ネコは良いのか。
というか、猫に限らず「ペット」というのが、良いと思うのだけれど。
「他者性」。
それは広く言えば、人間以外も含む。
自分以外の他の命、生命。
自分ではない命。
そういうのを、僕は他者性と呼んでいる。
最近、猫というのが人間で言うと3歳児ぐらいの生き物であるとどこからの情報から仕入れて、それで猫が僕の家に与える幸福が何故これほどまでにあるか少し理解出来た。
彼ら(猫)から学ぶことは多い。
3歳児故に、彼らはとても「純粋」なのだ。
彼らも僕らをほぼ同等の、もしくは以下の生き物として見ているし、また僕も彼らを同等の、もしくは以下の生き物として見ている。
自分以外の人が考え、生きている。
それは社会に出てればそんな人たくさんいるけど、「幼き人」と接せれる人は最近子供を産んだ母親ぐらいだろう。
幼いまま、猫はいてくれるのだ。
彼らの世界と、僕らの世界は触れ、重なり、互いに独立して存在し合う。
この世界は、自分だけの世界ではない。
こんなにも無垢な世界もある。
こんなにも純粋な世界もある。
働かず、寝てばかりで、適当に生きられる世界がある。
彼らから学ぶことが多い。
単純なのだ、幼き故に。
彼と共にあることで、自分もまた、単純になっていく。
社会にまみれて付いた余分なものを、彼らは取り払ってくれる。
社会にまみれて複雑になった心を、彼らはシンプルにしてくれる。
彼らには僕たちと同様「命」があるから、それがとても染みる。
命とはやはり重く、尊い。
それは、創作モノのキャラクターの命とは、やはり少し違う気がする。
動いている。
呼吸をしている。
意志を持っている。
何かしようとしたり、何かしようとしなかったりしている。
生きているなと、思う。
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そんな感じです。(どんな感じ?←ww)
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