「やはり脳脊髄液減少症ではなく、緊張性頭痛?」
11月25日木曜日。時刻は午後6時。
月曜日に近所の内科で大病院への招待状を書いてもらって、それで今日大きな病院の神経外科で見てもらった。
それで、やはり脳脊髄液減少症ではないのでは?と言われた。
ふむ・・・・。
一応、再来週ぐらいにまずは脳のCT検査?みたなのをやる予定で、それから、それを見てどうするか・・・。
自分の病気が脳脊髄液減少症かと思ったけれど、ちょっと違うのか。
・・・・・。
いずれにしても、また緊張性頭痛だとしても、自分がちゃんとこうした頭痛系で病院に行くのは数年ぶりであり、また10年前ぐらいに色々な頭痛関係の病院に行ったときに緊張性頭痛であるとすれば試した薬は半年ぐらいは試したけれど、結局効果なかったけれど、今度は長期的に薬を試してみようかなあと考えている。
・・・・。
つまり・・・。
まず再来週検査して、脳脊髄液減少症の可能性が低く緊張性頭痛であれば、それを緩和出来る薬を長期的に試す。
またそれと並行して、その緊張性頭痛である確率がどの程度なのか、脳脊髄液減少症の可能性がどの程度か聞いて、もし脳脊髄液減少症の可能性が低いにしてもあるのであれば、一応その脳脊髄液減少症の検査もしてみたいなと思っている。
(その再来週の脳の検査で脳脊髄液減少症かどうかもある程度分かるらしいが、絶対に分かるという感じではない。)
もう一度、自分の病気と向き合う気持ちが、10年を経てやっと生まれたのは、悪くないことだと思う。
例え緊張性頭痛だとしても、長期的に向き合っていきたいなと思う。
半年で薬を止めるのではなく、数年を、とりあえずかけて。
・・・。
久しぶりに病院に行って見て、やっぱり病院は嫌いだし、また医者の態度は吐き気がしたけれど、とりあえず、しばらくは向き合っていこうかなと。
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最近、この年末の時期がよりそうさせるのかどうか分からないけれど、「自分とは何なのか」「これからの自分は何がしたいのか・何が出来るのか」などをよく考えている。
その考える上で、考える時の「思考材料」が増えているのはいいことだと思う。
それもまた、やはり、今の仕事環境のおかげというか、今の僕にとって、会社で働くことが唯一社会との繋がりを感じ、また会社を通じて人と出会うことで、新たな知見を僕に与えてくれている。
僕は何がしたいのか。
僕は何が出来るのか。
それらを考える上で、まず自分の底を支えているのは親でありお金であるなと改めて思う。
そこを考えなくていいというか、儲けること、お金を稼ぐということを価値観に全く置く必要がない状況に今の自分がいるのは、すごく恵まれているなと思う。
その上で自分は、何をしたいのか、何が出来るのか。
最近の気分的にはだいぶ晴れやかというか、無駄に自分を不安にさせる要素が少なくて、気長にというか、今の自分の周りの要素が自分をすごく安心させてくれていて、だからこそ、一歩ずつ、進んでいきたいなと思う。
僕は、何が出来るのか。
僕は、何を必要とされているのか。
焦らずに、一歩ずつ、自分の出来る範囲で、僕は僕を少しずつ、新しい景色を見せてあげたいと思う。
僕はまだ、どこかで、生きているらしい。
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・・・・。
僕は・・・・。
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・・・・・。
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