4月28日「車内という、変な空間。」

「通勤途中の車内という謎」

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4月28日水曜日。時刻は午前7時。

今週、木曜が祝日なので、だからまあ、今日はしょうがなく会社に行く予定(笑)。

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それで、タイトル本題について。

この件については、以前から2,3度話題に出していることだと思うけれど。

また今、改めてそれを認識したので、整理を込めて書きたいと思う。

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僕は、僕が今一番したいことは、「僕が僕であるために」、生きるということだ。

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それで・・・・。

僕は、「ニュートラルな自分」というのを、自分の中で一番愛し、尊重したいと思っている。

その、ニュートラルな自分とはある意味自分を捨て去った、「透明なる自分」、である、といった感じだ。

そういう、「透明な自分」でいられる一番の場所であり時間は、「通勤中の車内」であると思われる。

もちろん、今の僕にとって一番居たい場所は今いる「自分の部屋」であると言える。

しかし、自分の部屋にいると、自分が見えなくなったり、それは自分の寄り過ぎているからではないかと思われる。

自分の部屋はどこか社会や世界と断絶されてしまっていて、自分にとって自由過ぎるあまり、「カオスっている」感じが僕にはする。

バランスが、悪い気がする、自分の部屋というのは。

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部活に関してもそうだけど、部活に関して一番いいアイデアが浮かぶのは、僕の場合、「通勤中の車内」であったりする。

すごく、「未来」を見ることが出来るんだよね、車内って。

それは何だろう・・・、景色が移り変わることが、何か人の脳に好影響を与えているのだろうか。

旅とかしている時に、すごく心が癒されるのも、旅をすることでどんどん景色が移り変わっていくからだと思う。

最近、部活の将来的にやりたいことである「yとI」の話題を度々出しているが、その「yとI」も、通勤中の車内で思い出したことだ。(「yとI」は部活以前に数年前に自分が思いついたコンテンツで、そのコンテンツをもとにして、今部活と絡めて新しい形にしようかと考えている。)

つまり、僕が僕であるためには、自室にこもっていてはいけず、車を運転したりして、風景や光景が移り変わるものを見た方が、自分らしくあられるのではないか、と。

ほんと、変な時間なんだよな、運転時って。

ただ、基本的に運転、そんなに好きではないけど(笑)。

やっぱり、事故とかやだし。

出来るなら、乗りたくないとさえ思っている(笑)。

ぶっちゃけ仕事よりも、運転の方が嫌だというか、こわいですね、やっぱり。

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