6月19日「表現とは何か。音楽とは何か。数字・及び脳内信号に関連して書いていく」

「表現とは何か。音楽とは何か。数字・及び脳内信号に関連して書いていく」

この件については、半年~3か月ぐらい前に語ったことと、昨日や1か月ぐらい前に述べた数字関連をミックスして語っていく。

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6月19日土曜日。時刻は午後9時。

そもそも、すべての表現、もしくはアウトプットとは何かを考える時、まず初めに、本質的に注視しないといけないのは、その受けた側、つまり表現を聞く側・見る側はその表現・アウトプットをどう受け取っているか、その脳内内部構造を理解することがとても重要であると思われる。

つまり、僕たちの心であったり脳が外部の事象に対してどうそれを脳内や心に入れるか、そのA(表現やアウトプット、ひいては自分外部のすべての事象)→僕たち(心や脳内)の流れを理解することが大切だと思われる。

例えば、エヴァンゲリオンのアニメを見て、それをさ、その絵をそのまま、具現的に、僕たちの脳や心に入れることは出来ないわけじゃん。

表現でありアウトプットでありすべての自分外部の事象は、脳や心に「信号(その信号は僕は数字的であると思う。これは以前少し述べた。)」として入っていく。

つまり、いい作品やいい表現、いいアウトプットというのは、すごく脳内・心内に信号的に「気持ちよく」入っていくわけよ。(気持ちよくがイコール魅せられる、好き、惹かれるになる)

いい作品、いい表現とは気持ちよく信号的・細胞的に僕たちの心や脳内に入っていく。

つまり、いい作品、いい表現とはそういう、信号的に気持ちいいものでなければいけない。

それの分かりやすいものとして、「音楽」が挙げられる。

音楽って、他の作品と違って、目をつぶって、つまり視覚情報を全くなくして成立する、おそらく表現の中で唯一で最大な表現なわけよ。

そういう意味で、音楽がある意味表現のシンプルな最強とも捉えられる。

また、単純じゃん、信号的に。

すごく音楽って、信号的なのが、結構分かりやすいよね。

目をつぶって、音楽を流して、そうすると、自分の脳内で信号がどよめき、音楽に促されて、気持ちいい・美しいストーリーが脳内に流れてゆく。(ここら辺を語ったのが、「眠れない人のための音楽解析」であったりする。)

すべての事象、すべてのアウトプットは、僕たちの脳内・心内に信号として入っていく。

そういうことで、だから、いい表現、つまり、他者に自分の表現が受け入れてもらうためには、そうした「いい信号を奏でられる表現」を目指さないといけないわけ。

それでじゃあ、いい信号を奏でられる表現とは何か。

それは、すごくシンプルに考えて、「いいコミュニケーションが出来ている表現」であると僕は思う。

表現=コミュニケーションなわけよ、表現者側と、受け手側の。

だから、すごくシンプルに考えて、人と人とが向かい合って喋って、そうした一対一のコミュニケーションをしている時、どうすれば相手が楽しんでもらえるか、興味を持ってもらえるかを考えるのがすごく重要なわけ。

相手に受け入れてもらうためには、自己満足ではダメず、「他人の気持ち」を考えないと、むしろそれファーストじゃないとダメなわけよ。

そんな感じ。←ww

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